私が時計に関心を持つきっかけとなったのは、ヴィンテージウォッチだった。初めて魅了された場所は、仙台への旅の途中で立ち寄った、ヴィンテージ時計店「ブルーマオマオ」だ。店内の一角に、深海を想起させるような仄暗い演出でオメガ「シーマスター」がムーブメントとともに展示されていた。私が知る腕時計とはまったく異なる世界観があることを知った瞬間であった。2010年のことである。
その余熱が冷めぬうちに、やがて今回紹介するロレックスの腕時計と出合うことになる。当時暮らしていた神戸の居留地にあるセレクトショップで、ヴィンテージウォッチのポップアップイベントが開催されることを知り、出掛けた。30本くらいが陳列される中に、小さなヴィンテージレディースウォッチもあった。かつて「南京虫」と呼ばれていたという、1円玉くらいの大きさの腕時計を、ここで初めて見た。
接客についてくれた男性は時計の扱いに慣れた様子で、裏蓋を開けて内部まで見せてくださった。そして衝撃を受けた。これほど小さな時計でも、それぞれに適したムーブメントが内蔵されている。中でも感心したのが、1960年代製のこのロレックスだった。マーキス型のケースに合わせて、パーツの数々が見目麗しくすっきりと納められている。金属の光沢、ルビーの輝き、丁寧に配された刻印。そして健気にブンブン回るチラネジ付きのテンプと、忙しく動く歯車たち。半世紀も前に作られたものが、こんなに美しい状態を保ちながら、人知れず時を刻み続けてきたのか。完全に心を射抜かれてしまった。
ケースは14金。ブレスレットは純正ではなく、中国製の物が付けられている。ゆえに約25万円と、多少無理をすれば手が届かなくもない金額だ。しかし私にとっては当然大きな買い物だった。なにせ必需品でもない。穴があくほど腕時計を眺めてから、後ろ髪を引かれる思いでそのまま店を去った。
この時ほど「物」が頭から離れなかったことは後にも先にもない。それからしばらく、本やインターネットで時計について調べるようになり、他のヴィンテージ時計店にも通った。神戸ではスプリングウォッチファクトリーや芦屋のミグパリへ。東京では、シェルマンやケアーズで豊富な品ぞろえに感激し、ダズリングやマサズ パスタイム、キュリオスキュリオなどでも奥深さを学んだ。東京交通会館や松屋銀座で行われるアンティークウォッチフェアにも出向き、とにかく時計があると知れば骨董品屋でも蚤の市でもどこでも行った。そして知れば知るほどに引きずり込まれていき、もっとたくさんの時計を知りたいと思うようになった。やがて、漠然とではあるが、時計の仕事に従事したいと考えるようになった。
まもなく、転機が訪れた。そんな私の時計漬けの日々を知人づたいに聞いたある男性が、「ヴィンテージウォッチのネットショップ運営をしている。手伝ってみないか?」と声を掛けてくれたのだ。願ってもない機会だと思った。それは、雇用関係を結ぶ話ではなかった。しかし、私はその誘いに全力で応えたかった。いっそ、今の仕事を辞めてしまってもいい。多少の貯金はあるし、貯金がなくなったってなんとかしよう。そう思った。
不安と楽観が入り交じる高揚感を抱え、例のセレクトショップを訪れると、あのロレックスはまだそこにあった。私は諸々の覚悟を決め、ついにその時計を手に入れた。2013年のことである。
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